ボロ市、おめんかぶりの露店での耳かき売りの白髪の老人、その息子さんが引き継ぎ、その息子さんの死後、後を継いだ人が巣鴨のトゲヌキ地蔵で営業していました。

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66才 三鷹市井の頭(世田谷に32年、三鷹に34年)

東京浅草の生まれですが、戦争(1941~1945)のため母の郷里、埼玉の比企郡(JR八高線の村)へ家族全員で「疎開」時代に入りました。小学校もこの村の学校へ東京から近かったため、疎開族が多くいましたが3~4年すると殆どの東京出の友達は東京へ引き上げてしまいました。

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81才 世田谷区三宿

長女の高校合格の発表があり、ほっとして喜んでいた矢先、その日の夜、会社から帰宅した夫から突然、大阪転勤になったと告げられた。夫はすぐ大阪へ。

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88才 世田谷区代田

近くに住んでいた1才違いのいとこがおじ家族の大阪転勤でいなくなり、実家に遊びに来る夏休みが待ち遠しかったです。

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66才 世田谷区

玩具メーカーに勤めていた父が、社長のお供でアメリカに出張し、帰国の日に大勢の社員の人達と羽田空港に迎えに行ったのはちょうどこの頃だったと思う。服は母の手縫いだった。

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65才 横浜市

昔、世田谷にも旅館ありましたね。

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68才 大田区

父方の祖母は会社勤めをしていたのだが内職で縫子をしていた。工場や地域のお母さんたちが縫った服が都心に流れていっていたのかなーと想像。そしてその頃、母方の祖母は東京のデパートでよく服を買っていたらしく、「一回も着てないのよ」っていう服をもらったりする。

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29才 茨城県

母が元気の頃はお餅、かき餅にして送ってくれました。きねでつく餅は格別です。懐かしくペンを取りました。

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--才 桜

鎌倉の八幡宮でそのような大祭があったとは知りませんでした。和装することが50年前には珍しくなかったのに今では全く見られない、機会が少ないので残念です。

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