家族と一緒に行ったお墓参りの非日常感、レジャー感、イベント感を思い出した。

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49才 世田谷区

東京浅草の生まれですが、戦争(1941~1945)のため母の郷里、埼玉の比企郡(JR八高線の村)へ家族全員で「疎開」時代に入りました。小学校もこの村の学校へ東京から近かったため、疎開族が多くいましたが3~4年すると殆どの東京出の友達は東京へ引き上げてしまいました。

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81才 世田谷区三宿

前の職場の利用者さんが軍需工場に動員された。ドラム缶か何かを紙で貼ったりして、こりゃ負けると思った、と言っていたのを思い出した。

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41才 下高井戸

亡くなった祖父から聴いた話と祖父との思い出。生きていたら100才超えに当たる祖父が、戦争から帰ってきた時「犬を見て『美味そうな犬だ』と思った」と言っていたこと。

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28才 大田区

当時海岸の国道はなにもなく、江ノ島水族館と磯料理の店がポツンとあるだけでした。その11年後、私が高校生の頃、マクドナルドができました。藤沢駅も戦後の名残があり、幼少の頃、手足を失った元兵隊さんが藤沢駅地下道にゴザを敷いて、お金をもらっていた姿を思い出します。

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58才 世田谷区上野毛

栄養失調で引き上げ船で亡くなるなんて本当に悲しいエピソードですね。知らないことを知る機会に感謝いたします。

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--才 ---

写真に写っている体操の風景を見て戦中の体操はきびきびとして元気よく勇ましかったと思い出した。終戦後に出来た現在のラジオ体操は音楽もなだらかでリズミカルだと思う。

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--才 ---

戦争が起こる直前でも国民(特に児童)はいつもと変わらずはしゃいでいた。

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22才 世田谷区

この後に起こる戦争のこと。S16年の夏は平和でみんな元気。今も昔もラジオ体操は夏の風物詩ですね。

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50才 大田区

大雪の日高下駄で学校へ行った。下駄のはの間に雪がはさまって更に高くなり転びそうであえぎあえぎ登校した思い出がある。

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86才 世田谷区代田